はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 291 [迷子のヒナ]

パーシヴァルのように経験豊富な人物を目の前にすれば、誰だって尻込みをする。

緑色の瞳が期待をもって宝石のように輝けば、尚更。

ったく。キスの最中目を開けるのは非常識だと教わらなかったのか?

「目を閉じろ」

「ジェームズだって……」甘い囁き声で反論しながらも、パーシヴァルは従順に目を閉じた。さすが、命令口調が好きなだけある。

ジェームズは揃えた指の背で、パーシヴァルの輪郭をなぞった。たったいま味わったばかりの唇に指先が触れると、満足げな吐息とせつない呻きが洩れ聞こえた。

切望されているというのは心地いいものだ。

ジェームズは目を閉じ、けっして行き過ぎないようにと自分に言い聞かせながら、唇を重ねた。

キスと控えめな愛撫の先に何もないと分かっていても、パーシヴァルはいい加減に応じたりはしなかった。むしろたったそれだけの行為に全身全霊を傾けていた。

たいした価値のないこの僕を望んでくれるのはこの男だけだと思うと、愛おしさが込み上げた。ただの情ではなく、紛れもない愛情が、ジェームズの心に芽生えていた。

それはいつからだったのだろうか?いまなのか、もっと前だったのか、時期を特定しない方が身のためだと、ジェームズは考えるのをやめた。

けどひとつ言えるのは、パーシヴァルの望みに答えるのはそう遠くないという事だ。

だがその前にやるべき事がある。

パーシヴァルが二度とブライスなどという卑劣な男に煩わされる事のないように、大きな力でもって封じ込めておかなければならない。

ブライスは気の小さいただのナルシストだ。おもちゃを取り上げられた子供のような癇癪を起こしてパーシヴァルに執着するのも、自己愛が強すぎるためだ。

それでいうと、パーシヴァルも相当な自己愛の持ち主だが、まだこちらの方は可愛げがある。

うっかりパーシヴァルを可愛いなどと思った罰なのか、貴族らしいしなやかな手が昂ぶりに触れるのを許してしまった。

ジェームズは呻き、唇を引き離すと、同時にパーシヴァルから離れた。

パーシヴァルは手を股間に置いたまま、状況を呑み込めずぽかんとしている。

「今夜は、もう部屋へ戻って下さい」ジェームズはパーシヴァルから完全に身体を離してから言った。これ以上触れていると――もしくは触れさせていると――自分で決めたはずの一線を越えてしまう。

「さわっちゃダメだったのか?てっきり、さわるくらいはいいかと……他はあちこちさわってたし、ジェームズだって僕に触れた」

パーシヴァルは泣きべそをかきながら、よろよろとベッドから降りた。乱れた髪もそのままに、とぼとぼと出口へと向かう。

ジェームズは咄嗟に動いた。パーシヴァルを追い、その背を抱いて、耳元に唇を寄せた。

「もう少し、待ってください」そう言ったが、この際、今でもよかった。なぜ頑なに理由をつけて『その時』を遅らせようとするのか……それは自分に自信がないからに他ならない。

パーシヴァルは一拍おいて頷くと「待てと言われれば、いくらでも待つよ」と言って、腕からすり抜けて行った。

つづく


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迷子のヒナ 292 [迷子のヒナ]

いくらでも待つよ、などと愚かなことを口にした事を悔やみながら、パーシヴァルはその後の数日を過ごしていた。

ジェームズはすべきことをするため忙しく奔走し、ジャスティンは長期不在に備えての引き継ぎに余念がなかった。

そしてヒナは、週末ということもあり、暇を持て余していた。

午後の図書室。

誰にも相手にされないヒナは、どこで手に入れたのか、男所帯には相応しくない花柄のピンク色のクッションを抱いて、ふわふわソファの上で小説を読み進めていた。

手の届く場所に、かごいっぱいのジンジャークッキーと、ポットにたっぷりの紅茶を置いて。

「ここにいたのか。一緒にお茶でもどうだい?」とヒナを探して現れたのは、おなじく暇人のパーシヴァル。

ヒナは顔を上げ「うん。いいよ」と好意的な返事をした。

ふたりの居候はとても仲良しだ。

「何を読んでいたんだい?」パーシヴァルはジンジャークッキーをわしづかみ、そのなかのひとつを口に放り込むと、ヒナの隣に座った。

ヒナは読んでいたページに指を挟んで閉じると、表紙を見て「えーっと……『侯爵夫人の秘密の会合』」と答えた。そしてパーシヴァルに向かって口を大きく開けた。クッキーひとつちょうだいという意味だ。

パーシヴァルはヒナの口にクッキーを投げ入れ、ティーポットを手に現れた若い使用人に手招きをした。

「ああ、そのポットはさげちゃダメだ。ヒナは冷めた紅茶が好みだからね。それは僕のそばに」
パーシヴァルは、すっかり冷めた紅茶入りのティーポットと熱々の紅茶入りのティーポットを交換しようとした不慣れな使用人にてきぱき指図すると、彼の見事なお尻に目もくれず、ヒナの本に目を戻した。

この本は、十五歳のおいっこが読むにふさわしいものだろうかと、しばし考える。

「ところで、それはどんな話なんだ?」ズバリ訊いてみた。

「えっとね、侯爵夫人と庭師のベッキオが庭の迷路でスカートの中でかくれんぼする話?」

うーん。よくは分からないが、ベッキオはイタリア人だろうか?きっと胸の筋肉は驚くほど隆起していて、お尻のえくぼも素晴らしいに違いない。上半身裸で庭の木を剪定していたら、欲の塊のような侯爵夫人が目をぎらつかせてにじり寄ってきて、あっという間に味見されてしまうというわけだ。

なんてはしたない本だ!

パーシヴァルは思わず身震いをし、熱い紅茶をたっぷりと喉の奥へ流し込んだ。これで少しは妙な寒気も消えるだろう。

つい、ベッキオとジェームズが重なってしまった。
権力に屈し自分の身体を差し出さなければならない屈辱。まあ、ベッキオが屈辱を覚えていたかは定かではないが、結局は世の中女性が上位にいると思えてならない。

パーシヴァルの母親も然り。

しばらく会いに行っていないが、そろそろ向こうから顔を見せる頃だろう。
突然現れたかわいいおいっこを見てなんと言うだろうか?

僕には見せなかった愛情を少しは見せるだろうか?

パーシヴァルはクッキーをぽりぽりとやりながら、いつしかヒナに寄り添い、一緒にいかがわしい小説に夢中になっていた。

つづく


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迷子のヒナ 293 [迷子のヒナ]

「なあヒナ。お腹空かないかい?」

パーシヴァルはヒナがジンジャークッキーの最後のひとつを口に入れるのを恨めしげに見やり言った。

「うん。そうだね」ヒナはじゅうぶんに咀嚼したジンジャークッキーを飲み下し、当然のように同意した。

山盛りクッキーのほとんどを、小さな身体に収めた後とは思えない言い草だ。

「ジャスティンたちは遅いな。どこへ行ったんだろうね、ヒナ?」

パーシヴァルにはさっぱりわからなかった。ジャスティンも誰も彼も――ヒナ以外――朝目覚めた時から姿を見ていない。まあ、厳密に言えば朝というほどの朝ではなく、限りなく昼に近い朝ではあるが。

ヒナはしおりを挟んで本を閉じると、大事そうに膝に乗せ、パーシヴァルが本当に知りたい人物の動向について明かした。「ジャムならおしゃれして出掛けたよ」

「おしゃれ?それはつまり、どういうことだい?いい男だって事かい?」

つい鼻息が荒くなる。いつも上品で控えめな身なりのジェームズが、いくらヒナの口からとはいえ、おしゃれなどと形容されるとは、これはただ事ではない。

「銀色のベスト着てた。それから真っ赤なクラヴァットでしょ――」

「真っ赤だと?はっ!真っ赤!そんな馬鹿な事があるものか。ジェームズはいつも控えめな紳士らしい、銀色のクラヴァットを結んでいるんだ。あれ?となると、ベストの色とかぶっちゃうな……」パーシヴァルは困惑気味に首をひねった。

「それでね、ジュスと別々の馬車で出掛けて、同じとこへ行くんだって言ってたよ」ヒナは弾むように言った。

「どこへ行くって?」

「んー……知らない」

知らない?ジェームズの服装も馬車で出掛けた事も知っているのに、肝心な行先を知らないなんてあるのか?もしや、口止めされているのか?だとしたらいったい……。

「ジャスティンに言うなって言われた?」パーシヴァルはだれにも言わないから教えてと、腕でヒナの肩を小突いた。もっとも、秘密を打ち明ける相手はヒナしかいないのだけれど。

「ううん。ジュスはおみやげ持って帰るからいい子にしてなさいって言っただけ。ねえ、パーシー、おみやげってなんだと思う?ヒナはチョコかリボンだと思うんだけど」

「へえ、おみやげね……」パーシヴァルはブツブツと言い、チョコかリボンのようなおみやげを期待しているヒナが、実は女の子だったりするのだろうかと、上から下までまじまじと見やった。

白いブラウスに膝丈ズボンのいつものスタイル。裸足になって足をソファの上にあげて、膝にはロマンス小説、傍らには花柄のクッション。腰まで伸びるチョコレート色の巻き毛に、髪飾りまでつけている。

ヒナの股間には男の子だと証明するモノが付いてはいるが……これではどう見てもロマンチックな夢見る少女だ!いやいや、少女というほどではない。顔つきは十五歳の――パーシヴァルの目には十三歳程度にしか見えないが――少年そのもので、言動が少しばかり危ないだけだ。

自分の言動を棚に上げて言うのもなんだが、間違った方向へ進みつつあるヒナを正しい道へ戻すべきだ。

ジャスティンが戻ったら次期後継人として、ちょっと意見させてもらうことにしよう。

つづく


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迷子のヒナ 294 [迷子のヒナ]

「でも、うんと遅いから、先に寝ていなさいって。ジュス、どこ行ったんだろう?」ヒナは途方に暮れたように肩を落とした。

パーシヴァルも肩を落とした。ジャスティンが遅いって事は、ジェームズも遅いって事だ。いったい今日、何があるっていうんだ?

「じゃあ、夕食は二人きりってことか。今夜はなんだろうね?」もはや食べることしか愉しみのない、元享楽家(もっぱら肉体的な刺激を喜ぶ――)。

「今日はね『炊き込みご飯』リクエストしたんだ。シモンが好きなの言っていいよって言ったから」

「タキコミゴハン?それはヒナの国の言葉だよね?どんな恐ろしい食べ物だい?」

「えっとね、リゾットみたいなの。きのこと鶏を入れてって頼んだんだ」

「ああ、リゾットね……」オートミール粥みたいなもんだな。あまり好きじゃないなぁ……。むしろ吐き気がすると言ってもいい。

クラブにでも行ってローストビーフでも食べてこようか?もう会員じゃないけど、ハリーに頼めば食事くらいさせてくれるだろう。

だがそうなると、ヒナはひとりぼっちになってしまう。これまで考えたこともなかったが、ヒナはひとりの時どうしていたのだろうか?そういつもいつもジャスティンやジェームズが食事を共にしてくれるとは限らない。

なにせ彼らは仕事をしている!

パーシヴァルは理解できないとばかりに小さく首を振った。

ジェームズは仕方がない。けど、ジャスティンが働く理由はなんだろうか?次男とはいえ、公爵の息子が仕事など、とんでもない話だ。

「チップスも頼んだよ」とヒナ。

メニューには続きがあったようだ。

「まるで酒場みたいだな」とお決まりの文句を口にしたパーシヴァルだが、いまだかつて酒場など行ったことがない。

「デザートはプロフィトロールだよ!」

「なんだって!」パーシヴァルは目を輝かせた。寸時に頭の中のローストビーフは消え失せ、ちっちゃなシューでいっぱいになった。クラブへ忍び込む計画も消滅した。むろん、計画したとて実行に移す勇気はなかっただろうけど。

「先にお風呂に入る?」ヒナは小首を傾げ、上目遣いでパーシヴァルを見る。その仕草はレディがあれ買って、これ買ってとおねだりする時の仕草と似ていた。まあ、パーシヴァルはおねだりする側で、したことはないのだが。

「うーん、そうだね」パーシヴァルも同じ仕草で、ヒナを見おろし、言葉を返した。

そして二人は仲良くバスルームへ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 295 [迷子のヒナ]

やはりヒナの股間にはあるべきものがあった。

何度かお風呂を共にしているが、今日ほど股間のアレの存在を疑った日はなかった。

とにかくホッとした。そしてへとへとだ。

ヒナは大事な場所に二本目の毛が生えたと、ご機嫌でひとの顔に股間を押し付けてきた。どう目を凝らしても産毛のようなものが見えるだけで、二本目どころか一本もヒナの髪の毛と同じキャラメル色の毛は見当たらなかった。

『やめなさい』とうっかり押し返してしまい、いまだに手に柔らかな感触が残っている。

パーシヴァルは濡れた頭にタオルを巻き、ヒナと連れ立って食堂へ向かった。

テーブルに着くと、卓上にはすでにたくさんの料理が並んでいて、すぐに温かいスープが手元に置かれた。

魚の香りのする、透明なスープ。白身の魚が浮き身に使われているが、こんなに透き通ったスープを見たのは初めてだ。

「これはなんていうスープだい?」パーシヴァルはスープを出してくれた給仕係に尋ねた。

昼間、図書室にお茶を運んだ見事なお尻の新人くんは、困った顔でヒナを見た。

「『すまし汁』だよ」とヒナが答えた。ついでに『いただきます』と言うのも聞こえた。

「おや、またヒナの国のアレだね。もしかすると、これが例の『タキコミゴハン』かい?」

パーシヴァルは目の前の取っ手のないティーカップに入った、リゾットのようなものを指差して言った。鶏ときのこのいい香りがする。

「そうだよ」と言って、ヒナは突如木の棒を二本手に持ち――しかも片手に!――反対の手にカップを持って、タキコミゴハンを器用に食べ始めた。

自分も真似をしないといけないのかとパーシヴァルは戦々恐々としていたが、手元にフォークが置かれていたので、ひとまずそれを使って食べる事にした。

うん。美味しい。べちゃべちゃしてない。これはいい!

「チャーリー、おかわり!」ヒナが威勢よく空のカップを掲げた。

チャーリー?

パーシヴァルは驚いて、ヒナがチャーリーと呼んだ使用人に目を向けた。新人くんだ。彼はチャーリーというのか?いや、それより、いつも亀のようにのろのろと食事をするヒナがこんなにもイキイキとしているのは、やはりこのタキコミゴハンのせいか?

「はい。ただいま」とチャーリーはヒナからカップを受け取ると、テーブルの端の重たそうな鍋からタキコミゴハンのおかわりをよそった。

もしかするとヒナは、この国の食事が口に合わないのかもしれない。ああ、でも、フィッシュ&チップスは大好物なようだ。特にチップスの方が。

「チャーリー、僕にもタキコミゴハンのおかわりをよろしく」

パーシヴァルは無意識のうちに、見事なお尻の新人くんに誘うような目を向けてしまった。

この場にジェームズがいなくてよかったと気付いたのは、チャーリーが困惑したように顔を顰めたからだ。

どうやらチャーリーは男に興味はないらしい。

おかげで助かった。

つづく


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迷子のヒナ 296 [迷子のヒナ]

大好物のプロフィトロールを思う存分食したパーシヴァルは、大満足の態で寝支度を済ませると、ジェームズはまだ帰って来ないのかと邸内をうろちょろしたあげく、玄関広間までやって来た。

「なにかご用ですか?」

背後から突然声を掛けられ、パーシヴァルは飛び上がった。化粧着の前をかき合わせ、そろそろと振り向くと、そこにはホームズがいた。この執事は音も立てず現れるのを得意としている。ここに居付いて、何度驚かされた事か。

「別に、なにもない。ただジャスティンは遅いなと思って」

「旦那様はクラブにいらっしゃいます」

パーシヴァルはふっと息を吐いた。ジャスティンが戻っているという事は、ジェームズも戻っているという事だ。どこへ行っていたのかは知らないが、とにかく、すぐ傍にいる。

「仕事なら仕方がない。急ぎでもないし、明日の朝食の時でもいいか……」なんの用事もないのにその場を取り繕うための言い訳を呟き、パーシヴァルはぷらぷらとホームズから離れた。

向こうが消えればいいのにと思いながら、諦めたように階上へ向かう。いまにも地下通路の出口からジェームズが現れやしないかと、チラチラと階段裏に視線を向けるが、まったくなんの気配もなかった。

「あ、ホームズ!」と元気のいい声が近づいて来た。

パーシヴァルは階段の中ほどで足を止め、振り返って、玄関広間に目をやった。

ヒナが小脇に本を抱えて、うしろにチャーリーを従えて、ホームズの目の前で止まった。どうやら図書室に忘れていた本を取りに行っていたようだが、なぜ美尻くんが付き添っているのだ?

「お坊ちゃま、まだ起きていらしたのですか?デイヴナム、こんなに遅くまでお坊ちゃまを連れ回してどういうつもりだ?」ホームズは厳しく言い、眉をつり上げた。

あきらかに連れ回していたのはヒナの方で、デイヴナムと呼ばれたチャーリーは運悪くヒナに捕まっただけだろう。

「ホームズさん、申し訳ありません」チャーリーはしゅんと項垂れた。たとえ自分は悪くないと思っていても、口答えは禁物だ。

「チャーリーは悪くないよ」

ヒナは別だ。ヒナは好き勝手言っても許される存在だ。

「では、お坊ちゃまが悪いのですか?旦那様に見つかったらなんと言われる事か」ホームズが嘆かわしげに首を振った。

ホームズもなかなか言う。パーシヴァルは思わずにやりとした。

「ヒナ、一緒に上にあがろうか?」パーシヴァルはヒナに助け舟を出した。ここが引き際だ。

「パーシーいたの?」ヒナが嬉しそうににっこりした。

「部屋へ戻るところ」パーシヴァルは手招きした。「ほら行くよ」

ヒナが「はぁい」と返事をして階段を駆け上がろうとしたところで、広間の裏の奥の方から不機嫌そうな声とともにジャスティンが現れた。

パーシヴァルはハッと息を呑んだ。

ジャスティンに続いて、ジェームズも姿を見せたからだ。

つづく


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迷子のヒナ 297 [迷子のヒナ]

「ジュスッ!」

ヒナは階段を二段ほど飛び降りると、まっすぐにジャスティンの元へ向かい、本を片手に持ったまま飛びついた。

反射的にジャスティンはヒナを抱きかかえ、更にはぎゅっと抱きしめ、ふわふわの髪に鼻先を埋めた。

パーシヴァルも駆け出し、ジェームズに飛びつく寸前までいったが、ギロリと睨まれ至近距離で「おかえり」と言うのがせいぜいだった。

「いったいこんなに遅く何の騒ぎだ?」

ジャスティンは屋敷の主人らしく、恐ろしげな声で玄関に集う一同に向かって問いかけた。それは問いかけというよりも、猛獣の唸りに近かった。

どうやらヒナが寝間着姿でプラプラしていたのが気に入らないようだ。

「本取りに行ってた」ヒナは本をぶんぶん振り回し、最後にジャスティンの肩に本の角をしたたか打ちつけた。

ぐふっと呻き、ジャスティンはそっとヒナから武器を取り上げた。

「ちょうど戻るところだったんだ」パーシヴァルはジェームズに視線を据えたまま、控えめに口を挟んだ。

「お坊ちゃまは図書室に本をお忘れだったんです。それでわたしが付き添って――」おどおどと声をあげたチャーリーだったが、あるじのひと睨みで口を噤んでしまった。

「誰だお前は?」ジャスティンは今始めてチャーリーの存在に気付いたかのように言った。

もちろんチャーリーは蒼ざめた。恐ろしさのあまり。

「ああ、クロフト家の使用人だ」と当然のように答えたのはジェームズ。

「クロフト?僕の使用人って事か?」とパーシヴァル。まるで寝耳に水だ。

「ええ、あなたがいつまで経っても自分の屋敷へ戻らないから、しばらくこちらで仕事をさせているんです」それとなくパーシヴァルをチクリとやるジェームズ。

数日前、使用人の用意が整ったと言っていたのは嘘ではなかったようだ。本当に、僕を追い出すつもりなんだと、パーシヴァルは今にも泣きだしそうになった。

「そうなのか?」ジャスティンは使用人の雇用の一切を任せているホームズに尋ねた。

ホームズは「ええ、そうです」と答え、チャーリーにさがるように目配せをした。

チャーリーはごにょごにょと暇を告げ、悪魔にでも追い立てられるように、一目散に使用人通路の奥へ消えていった。

「ふんっ!パーシヴァルの好きそうな顔だな。他にもいるのか?」ジャスティンはなおも尋ねた。ヒナは腕の中でおとなしくなっている。

「はい。各自持ち場に配置されております」ホームズは答えた。

ジャスティンは、知らない間に知らない人間が屋敷に潜り込んでいるのが気に入らないらしい。が、全員がジェームズの見立てだ。間違いはないだろうと、おざなりに頷くとヒナを連れて部屋へ戻って行った。

ホームズはホッとしたように肩の力を緩めると、静かにその場を離れた。

そして、玄関広間にはパーシヴァルとジェームズが残された。

「別に僕の好みじゃないからな」パーシヴァルが唇を尖らせ言った。

「どうせ、顔などろくに見てもいないのでしょう?」ジェームズは鼻で笑った。

ずばり、図星。

「し、使用人の顔なんかいちいち見ないからな」お尻ばっかり見ていたとは、拷問されたって認めない。

しばらくパーシヴァルの顔を伺っていたジェームズだが、おもむろに「余所見をしたら承知しない」と言い捨て、逃げるように横をすり抜けて行った。

パーシヴァルはにやにやと笑いながら、ジェームズのあとを追った。

つづく


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迷子のヒナ 298 [迷子のヒナ]

くそっ!あんなこと口にするんじゃなかった。

余所見をするなだと?パーシヴァルは大抵において、整った顔立ちの男でいい尻の持ち主なら目を奪われずにはいられない性質だ。

あの若い使用人がそれに当てはまることは承知している。それを目安に、この僕が選んだのだから当然だ。

パーシヴァルの傍に仕える者が、ぶよぶよの尻に見るに堪えない顔つきをしているなど想像もつかない。

ジェームズは、上機嫌で鼻をふんふん鳴らしているパーシヴァルを無視して、廊下を突き進んだ。もちろん自分の部屋へ戻るため。ひとりで。

今夜はパーシヴァルに傍にいて欲しくなかった。とても疲れていて相手をする余裕もないし、近づけば近づくほど今日自分が何をしたのか気付かれそうで怖かった。

ジャスティンのおかげで最悪の事態は免れたし、今後二度と彼女の顔を見なくても済むだろう。いや、こんなことを思うべきではない。ブルーアー夫人は僕の願いを聞いてくれた。

たったキスひとつで。

ジェームズは立ち止まると、意を決して振り向き、あわよくば部屋の中までついてこようとしているパーシヴァルにやんわりと告げた。あまり強く言うと、パーシヴァルはむきになるから。

「あなたの部屋は反対側ですよ」

ジェームズは長い廊下の向こうを見据えた。

「ジェームズ、いったいいつチャーリーの事を言うつもりだったんだ?」

パーシヴァルは聞く耳を持たなかった。拗ねた顔でジェームズの胸を指先で突く。

ジェームズはチャーリーが誰のことを指しているのか一瞬わからなかったが、すぐにチャールズ・デイヴナム――若く未熟な従僕候補――の事だと気付いた。

「愛称で呼ぶなど、随分と仲良くなったものですね」あどけなさと、きゅっと引き締まった尻に惹かれたのだろう。

「そういう嫌味な言い方はやめろよ。仲良くなったのはヒナだ。僕じゃない」パーシヴァルは本気で憤慨しているようだ。ジェームズの事が好きで好きで仕方がないというのが本気なように。

ジェームズは疲れたように息を吐いた。実際へとへとだ。

「いつまでもここに居るわけにはいかないでしょう?」まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調だ。もちろんパーシヴァルは反論しようとしたが、ジェームズは口元にそっと手をやり、それを封じた。「仕事のできる使用人を確保しておく必要があるし、とはいえ、あなたの屋敷に勝手に送り込むことも出来ない。だからあなたの言うチャーリーはここに居るんです」

これで納得して引き下がってくれと、ジェームズは一歩後ろに引いた。緑の瞳に縋るような目を向ける。

「今日はどこに出掛けていたんだ?」

やはり、パーシヴァルは引き下がらなかった。

つづく


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迷子のヒナ 299 [迷子のヒナ]

ジェームズの様子がおかしい。

どこがどうというわけではないが、嫉妬とも取れる言動をしたかと思えば、いつものように事務的な口調で、使用人の確保だとかなんとかのたまう。

そもそも僕がここに居るのは、ジェームズが連れて来たからだ。あの男から身を守るために。それなのにどうして、ジェームズは僕を追い出そうとする?

僕がブライスになにをされようが気にしないという事か?

パーシヴァルはジェームズの青く冷たい瞳を見つめた。質問に答えるそぶりはまったくなく、ただ黙って僕が引くのを待っている。

さっさと部屋へ戻れと命令してくれればすむことなのに、どうしてわざわざそんなまどろっこしい事をするのだろうか。

パーシヴァルは手を伸ばして、ジェームズの腕に触れた。ジェームズが反射的に腕を引き、パーシヴァルはジェームズの胸に倒れ込んだ。

ジェームズは抱き締めはしなかったが、突き返したりもしなかった。

そういうところが、ジェームズらしい。だから好きなんだ。

「こんなところ見られたら困るんだろう?」パーシヴァルは囁くように言った。

「もちろん」ジェームズも囁き声で答えた。

「でも、まあ、誰もいないから問題ないよな?今日は朝から姿が見えなくて不安だった」パーシヴァルは思い切って抱きついた。ぎゅっとすると、ジェームズの諦めたような吐息が耳にかかった。

「朝から姿が見えなくて不安だった?昼までベッドから出なかったくせに?」

ジェームズの皮肉に笑みが零れた。朝からいなかったはずなのに、僕が昼までベッドの中でぐずぐずしていたのを知っている。わざわざ誰かに尋ねたのだろうか?それとも報告が行くようになっているのか?

そう思うと嬉しくて、微笑まずにはいられなかった。が、嬉しいだけではなかった。ジェームズがわざわざ誰かに尋ねたとしたら、そうするだけの理由があったからだ。

いったい何があった?今日の外出と何か関係があるのか?

その時ふと、パーシヴァルの頭に恐ろしい考えが浮かんだ。

あれはいつだった?あいつはいつ結婚するって言っていた?

そんな。まさか……。

ああ、なんてことだ。

ジェームズは何をした?何をして、僕をあの男から守った?もう家に帰っても安心な何かを、ジェームズはしたのだ。

つづく


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迷子のヒナ 300 [迷子のヒナ]

ジェームズの目の前で、パーシヴァルはみるみるうちに蒼ざめ、そしてわなわなと口元を震わせたかと思うと、次の瞬間には顔を真っ赤にしてこぶしを振り上げていた。

気が動転しているのは一目瞭然だ。けれども、パーシヴァルの振り上げたこぶしがジェームズの胸を叩く事はなかった。

「ジェームズ、赤いクラヴァットはどうした?銀色のベストは?なぜ着替えている?なぜ、なぜ……石鹸の香りがする?僕を馬鹿にしているのか?僕はそんなにやわじゃない。自分の身を守ることくらいできるっ!」

パーシヴァルは激高し捲し立てた。つい最近、誘拐され監禁され暴行された事などすっかり忘れている言い草だ。

なぜそうなったのかは容易に想像できた。

パーシヴァルはようやく気付いたのだ。

今日がブライスとブルーアー夫人の末娘との結婚式の日だと。そしてジェームズが何かしらの犠牲のもとに、パーシヴァルの安全を確保した事を。

「パーシヴァル、落ち着くんだ」ジェームズはパーシヴァルの手に自分の手を重ねた。

「お、落ち着いていられるかっ!あいつとやったのか?結婚式の日に、あのくそ野郎と――」パーシヴァルの目には涙が溢れていた。まるでひどい裏切りに遭ったかのように打ちひしがれている。

「いいから落ち着け。何もしていない、パーシヴァルが思うような事は」

ったく。パーシヴァルはとんだ勘違いをしてくれたものだ。僕があんな男に身を差し出すとでも?まあ、確かに、相手が違うだけで考え方としては間違っていないのだが。

「嘘だ……嘘だ!」パーシヴァルは涙を散らしながらかぶりを振った。

こうなると手が付けられない。パーシヴァルは元来の思い込みの激しさを発揮して、屋敷中に響き渡るような声でわめき散らすだろう。

やれやれ。内心でジェームズは思いながら、パーシヴァルを片手に抱いたまま、後ろ手でドアを開けた。部屋の温かな空気が足元を這い、ジェームズは誘われるようにしてあとずさった。

「逃げるなっ!」パーシヴァルは足を踏ん張ってジェームズを引き戻そうとした。

もちろんパーシヴァル程度に引きずられるようなジェームズではない。ほっそりとした身体つきだが、パーシヴァルを抱えるぐらいなんでもない。腰にまわした片腕に力を入れ、軽く持ち上げると、くるりと回転して部屋へ入り、ドアを蹴って閉めた。

その早業にパーシヴァルは目を丸くし「あれ……?」と足元から脱力した。

「ここでの立場を悪くするつもりですか?」それはパーシヴァルのことなのか、自分のことなのか。
ジェームズはパーシヴァルを抱く手を変え、どこまで本当の事を言うべきか逡巡した。出来れば嘘は吐きたくないが……。

「だって……」パーシヴァルは子供っぽい仕草で唇を尖らせた。ひとまず落ち着きは取り戻したらしい。

ジェームズはパーシヴァルをベッドの端に座らせると、自分もその横に座った。

嘘をつかない程度に――言わなくていいところは端折って――今日の出来事を、出来るだけかいつまんで話した。

それには自分の過去も少し話さなければならなかった。が、どうやらパーシヴァルは知っているようだった。かつてジェームズが、ブルーアー夫人の一番お気に入りの愛人だったことを。

「じゃあ、ジャスティンがあいつに圧力をかけたんだ?珍しく父親の力を使った訳だ……僕の為に」話を聞き終わったパーシヴァルが言った。

ジェームズは、そうだというふうに軽く頷いた。

パーシヴァルはしばらくジェームズの事に触れるべきなのか悩んでいたが、気にしていないと知らせたかったのか、最後にそっと言った。「ジェームズもコネを使ってくれたんだね。ありがとう」

感謝の気持ちを伝えたパーシヴァルの顔は、これまでにないほど涙でぐしゃぐしゃだった。

ジェームズはその顔を愛おしげに撫でたぐり寄せると、昼間の惨めなキスの名残を消すように、愛情を込めてキスをした。

つづく


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